「羊と鋼の森」 宮下奈都 著
「ピアノの調律師」というややマニアックな職業にスポットを当てた小説。
仕事小説というよりは、ピアノの調律を通じた、主人公の成長を描いた物語。
心理描写や「音」にまつわる表現が非常に丁寧でした。
私は音楽経験が無いので、よく分かりませんけどね。
2018年6月8日に、山崎賢人さん主演で、映画も公開されるみたいですね。
<目次>
一応、ネタバレは無いように書くつもり。
あらすじ
主人公の外村(とむら)は、北海道の山間部で生まれ育った。
高校2年生の秋、たまたま学校で体育館のピアノの調律をしにきた板鳥(いたどり)に出会う。
彼の行うピアノの調律の世界に魅せられて、調律師を目指す。
専門学校を卒業し、板鳥のいる会社「江藤楽器」に無事に入社した外村。
学校を出たばかりでピアノもひけず、音楽に詳しくもないが、
板鳥、柳、秋野ら優秀な先輩たちに導かれながら、徐々に成長していく外村だった。
「羊と鋼の森」タイトルの由来
まず「羊」は、ピアノの中で弦を打つための「ハンマー」に由来。
このハンマーは、羊毛を固めたフェルトでできているそうです。
次に「鋼」はハンマーで打たれる「弦」の素材。
つまり、ピアノの天板を外すと、ずらっと「羊」と「鋼」が並んでいます。
最後の「森」は、本書では複合的な意味があります。
ピアノの中の、羊毛と鋼の弦が並んだ姿も「森」。
主人公の外村は、北海道の「森」の豊かな地で育ち、「牧羊」も盛んだった。
また、調律の世界そのものが「森」であり、その奥深さを表現。
などなど、「森」は重要なキーワードになっています。
ピアノの中身をきちんと見たことがないので、少しイメージしにくかったですが…
主人公は一見「普通」
主人公は、一見悩みの多い「普通の高校生」(すぐに社会人になるけど)です。
しかし、ピアノを調律しているのを一度見ただけで、「ピアノの調律師になろう」と思う人がどれだけいるでしょうか?
自分がピアノを弾いていた、音楽が好き、とかならまだしも、外村君は全くの門外漢でした。
そして「自分には才能が無いのでは」「まだまだ経験が足りない」といった将来に対する不安や悩みこそあるものの、「調律師を辞めたい」という心境には至っていません。
それが外村君の迷い込んだ「深い森=調律の世界」なのでしょう。
悪い意味ではなく、一度足を踏み入れたら、その森の魅力に取りつかれて出られなくなってしまったようです。
芸術は正解の無い世界
正直なところ、調律師というものに何の興味も持ったことがありません。
楽器を一切やらずに育ったので、調律が行き届いたピアノとそうでないピアノを、聞き比べても恐らく違いが分からないでしょう。
(同じ場所で、同時に聞き比べれば分かるかもしれませんけど)
しかし、この作品では単なるドレミの音程だけではない、言ってみれば正解のない「調律」というものにこだわり、挑み続ける人達が登場します。
音楽や絵画などの芸術活動には正解はありませんし、音程という意味を除けば、調律にも恐らく正解はないのでしょう。
私は芸術的には「書道」を少しかじった程度ですが、こうした求道的な活動というものも、続けていたら面白かったかもしれませんね。
ピアノを聞いて(ちょっととはいえ)感動することはありますが、
こうした人達の「目に見えないこだわり」が少しずつ積み重なって、
人の心に感動を作り上げていくというのは、少し視点が広がった気になりました。
AI書店員もオススメ。
過去記事ですが、以前AI書店員「ミーム」さんに、私の顔でオススメ本を紹介してもらった際に、この「羊と鋼の森」がチョイスされました。
失恋って判断されたけど。
よくよく見ると、その紹介文でも「美しい文章に癒やされる」とありました。
失恋したときに読む本なのかは分かりませんが、恋愛要素はほぼ無しというのは、恋愛に傷ついた人にはいいかもしれませんね。
ただ映画化すると、変に恋愛要素とか入れてきそうなのが少し怖いところ。
私は恋愛モノがそれほど好きではないので、純粋に「音楽・仕事」といった雰囲気の本書は良かったです。
文庫本で300ページ足らずという、比較的薄めではありますが、
描写の丁寧さをきちんと読み込むと、けっこう時間がかかります。
そういうコスパの面でも良い作品ですね。