「ルビンの壺が割れた」 宿野かほる
本作は発売された2017年10月当時、本屋さんやネット界隈でも話題になっていたので、ご存知の方も多いかと思います。
私も手に取ってみようかしらと思ったことは何度かありましたが、話題作は避けたいというひねくれモードが発動したためそれっきりでした。
今回は、ブックオフという中古の本を安く売ってくれるところで250円でしたので買ってみたものです。
以下、ネタバレを含みますのでお気を付けください。
あらすじなど
水谷一馬という男が、昔の知り合いであった「結城未帆子」をたまたまフェイスブックで見つけ、メッセージを送るところから物語がスタート。
二人は30年近く会っておらず、水谷一馬は最初は一方的にメッセージを送っていた。
しかし、未帆子も3通目のメッセージを受け取り、ついに返事を出してみる。
二人はかつて演劇部の部長と新人であり、交際していて結婚の直前まで進展していた。
しかし、結婚式の前々日に急に未帆子が姿を消し、その後、水谷一馬の前に姿を現すことはなかった。
水谷一馬と未帆子のメッセージのやり取りは、基本的に思い出話。演劇部の講演「ルビンの壺が割れた」の上演までの話やその裏話、二人がつき合うことになった馴れ初めなどがロマンス風に書き連ねられていきます。
しかし、謎はいくつか投げかけられています。
なぜ、水谷一馬は婚約者がいながら、未帆子と結婚しようとしたのか。
なぜ、結婚式の直前に未帆子は逃げ出したのか。
なぜ、今になって水谷一馬は未帆子に連絡をしたのか等々。
最後には全ての謎が解き明かされます。
以下、完全にネタバレです。
「どんでん返し」がしたかったのね
書簡形式ということで、文章も平文ですし、非常に読みやすい作品です。
逆に言えば、文学作品として表現や描写は期待するべき作品ではないでしょう。
というわけで話の肝である数々の謎ですが、全てが何というかポッと出てきたなあ、行動の理由付けがイマイチだなあと思いました。
まず最大のオチである、水谷一馬が幼女殺人事件の犯人であったということ。
学生時代に年下の婚約者である優子と付き合う描写こそありますが、そんなロリコンな感じの人物像はあまり出てきていませんでした。
しかも、そんな事件については、最後の最後まで登場していません。
(途中、水谷一馬が捕まったようだという伏線はありましたが)
さらに未帆子はそれを知っており、「無期懲役かと思ったら出てきたんですね。だから結婚しなかったんですよ」といったメッセージを送っています。
普通に考えると、幼女殺人の犯人(を名乗る人物)からメッセージが30年振りに送られてきたら、その時点でブロックして返信しないでしょう。
それを囮捜査でもあるまいし、交際していた学生時代のイチャイチャドキドキ恋愛話までするでしょうか?
そこの理由付けが全く分からず、何だこれ感が強かったです。
その他の謎についても、何かこう、「ここで衝撃の事実が!」という煽りを入れたい感じだなあという印象で、途中までの「この後どうなるんだ?」というワクワク感はすぐにしぼんでしまいました。
ざっとネタバレついでに、物語のキーを列挙すると…
- 水谷一馬は引き取られた叔父の娘・優子と許嫁関係にあり、肉体関係もあった
- 優子とは毎日のようにセックスしていたが、ある日梅毒にかかってしまった
- 優子は、何と叔父とも肉体関係があった
- プレイ中の優子の写真を叔父が保管していた
- 未帆子は学生時代、ボランティア活動と嘘をついて同級生の親が経営するソープランドで働いていた
- 結果、その同級生(高尾君)とも肉体関係を持っていた
- 優子は、水谷一馬が一度アカウントを消した際に、消息を絶った
- 最後のページ「とっとと死にやがれ、変態野郎!」というでかい太文字フォントのみで終わり。
全体的に、性に乱れた結果、みんなの人生が乱れたということですかね。
そんなにミステリーチックでもないような…
中途半端なお話と過剰な宣伝
書簡(メッセージ)の内容が、同じようなことの繰り返しがしばらく続くことも、イマイチ乗り切れなかった原因と言えるでしょうか。
全体の文章量としてはそれほど多くなく、170ページ程度で空白も多いので、1時間強程度で読むことができます。
伏線や動機付け(できれば心理等も)をもっと丁寧にしてもう少し長編にするか、もっとシンプルな文章にして短編にしていれば、もう少し評価は違ったかもしれません。
これは後から調べたのですが、当時話題になったのは、出版社である新潮社が大絶賛して「凄すぎてキャッチコピーが書けません!」と言ったり、無料オンライン公開版を自演に発表したりと、マーケティングの面でも相当仕掛けていたことが原因だそうです。
で、その割にふたを開けてみると、「何だこれ?そこまでの作品か?」という評価が相次ぎ、一部では炎上したようです。
私がその煽りを受けて定価で買って読んでいたら、もっと批判色が強い読書感想になったことでしょうね。
まあ作家さんに関して言えば、一応これがデビュー作だそうですので、多少文章が粗削りでも仕方ないかもしれません(ものすごく上から目線で恐縮ですが)。
250円で買ったということと、皆さんの怒りのカスタマーレビューを見て楽しめるということで、私としては価値相応の本ということに収められそうです。
というわけで、決してオススメ本というわけではありませんし、本を読み始めの若者(中高生)向きにしては性病やソープの話が出てくるので勧めづらいという本です。
Amazonのカスタマーレビューを見てみるだけでも面白いかもしれませんね。
おまけ:ルビンの壺って?
タイトルにもなっている「ルビンの壺」。
名前は知らなくても、たぶん見たことある方も多いと思います。
もしくは名前を知らなかったのは私だけかもしれませんが。
こういう見つめ合う人物のシルエットの絵があります。
人物に注目してしまうと、壺を意識することができず、
壺に意識を集中してしまうと、人物の影であるという風には見えません。
すなわち同時に二つの事象を見ることができない絵として、認知心理学の人間の認知機能の研究の一つであるということです。
どうでしょう、たぶん皆さんも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
いや、私の再現した絵で、壺に見えるかどうかは知りませんよ。