御朱印帳、御朱印ブームと言われて久しいです。
私も数多くの寺社仏閣を訪れてきましたが、全くやったことがありません。
そんな御朱印帳について思うこと。
御朱印について
そもそも御朱印ですが、簡単に言えば「参拝の証拠」です。
神仏習合であった室町時代後半からあったとされるため、寺でも神社でもその風習が残っています(これはWikipediaより)。
文字通り、朱墨で描かれることもあれば、版木(≒スタンプ)で捺されることもあり、概ね300~500円くらいで受け付けているところがほとんどです。
本来は、御朱印帳自体もその寺社で買うのが通例だったそうですが、流石に経済的負担が大きいため、一冊にまとめることもOKだそうです。
私が御朱印に手を出さない理由
私もこれまで全国津々浦々の寺社仏閣に訪問してきました(後で思い出を振り返りますが)。
特に名だたる寺社仏閣に訪れた際は、何度か始めようかなと思いつつ、御朱印集めは避けてきました。
その理由としては、やはり宗教的事柄であることです。
宗教だから毛嫌いしているわけでは全くなく、逆に、無信心な私がやるのは失礼に当たると考えているからです。
私がやるとしたら「全国のニョロトノを捕まえよう」くらいのスタンプラリー感覚でやることになるでしょう。
実際、私が寺社仏閣に行っても、いわゆる参拝はほとんどしないので、貰うのも違いますし…
それはやはり、御朱印の本質からすれば間違っていますからね。
宗教というより、歴史的なものには敬意を払いたいと思います。
売買する愚かさ
昔から代理参拝というか、代わりに願掛けすること自体はありました。
体調を崩している家族の代わりに参拝することはあり得るでしょう。
が、上に書いたように、御朱印はあくまで参拝の証拠。
訪れて参拝することが必要なのであって、ネットや郵送依頼することは全くの無意味ですよね。
こういうことをする人は極一部なんだろうとは思いますが、ブームだ何だと言って盛り立てることが、果たしていいことなのか…
茨城の八坂神社では転売ヤーに対する直接的な怒りを表しておられます。
盗んだ人もいるみたい。売買どころか、問題外ですね。
「御朱印(帳)」をネットで調べると「かっこいい&かわいい御朱印帳!」とか「〇〇で貰うべき御朱印〇箇所!」といったアフィサイトのようなキュレーションサイトばかり出てきます。
そういう煽りが、こうした阿呆を生み出してしまうのでしょうね。
一方で、寺社に訪れるきっかけになることや、寺社の収益になっている側面は否定できません。
多くの寺社仏閣でも(恐らく)後継者問題・経営問題というのはあるでしょうから、その解決の一端くらいは担っているのかもしれません。
今まで行ったメジャーな寺社仏閣
本当は寺社仏閣に対して素人が優劣や上下、格をつけるのも良くないとは思うのですが…
総本山&末寺、総本社&分社といった本店&支店(出張所、サテライトオフィス)のような関係はありますが、私にはその辺はよく分かりません。
神宮(伊勢神宮)
伊勢神宮の方が一般名称ですが、正式名称は「神宮」。
逆に言えば、頂点にあると言っても過言ではないでしょう。
確か10年前くらいに行ったのですが、式年遷宮の真っ最中で大して見られなかった記憶があります。
そして、総理大臣専用や天皇家専用ラインが多々あり、庶民にはやや残念だった部分もありました。
ただ、記憶があいまいなので近々もう一度行こうと考えています。
三重県には別の目的もありますし。
出雲大社
おおよそ1年前に行きました。
玉木宏に阻まれましたが(正確にはスタッフ)、ご立派な建物でした。特に注連縄。
日本全国から神が集まる場所ともされ、縁結びとしては最高峰の場所です。
太宰府天満宮
こちらもだいたい1年前に訪問。学問の神様のお住まいですね。
知人の合格祝いも祝っておきましたが、お土産は御朱印ではなく、太宰府天満宮のロゴ入りシャープペンにしました。そのせいか、受かったそうな。
元乃隅稲成神社
未だに正式名称を覚えられない「元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)」。
山口県にあって、この鳥居群は名前は知らなくても写真を観たことがある人も多いのではないでしょうか。
ここはお賽銭箱がバスケットゴール以上の高さに設置されているので、フリースロー気分が味わえます。
私がお賽銭を投入した、数少ない神社です。
成田山新勝寺
千葉県民なら、多くの人が行ったことがあるのではないでしょうか。
参道のウナギを食べるのもセットでしたが、値上がりも激しく、もはや気軽に(元々高いけど)食べられる額ではなくなってしまったなあ。
御朱印帳まとめ
スタンプラリー感覚はやめよう。ポケモン感覚もやめよう。
いつか始めるかもしれない、始めないかもしれない。
寺社仏閣にはこれからも行くけど、信心は身につかないだろうなあ。
以上なり。