G-log 日々思うこと

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【台風】台風の時の出社問題について思うこと。

台風15号が猛威を振るっています(いました)。

そんな台風に直撃して思ったこと。

理想は出社しない、だけど時代はまだその領域までいけてない。

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勢いで書いたので、まとまりに乏しいかもしれません。

なお、この記事な9月9日夜に書いています。

 

千葉県の台風の被害状況について

今回の台風15号は、特に私の住む千葉県に大きな被害を与えました。

亡くなった方も県内では(今のところ)1名。

87歳の方が、木の下敷きになってしまったそうです。

 

かたや、交通面でもかなりの混乱が発生しました。

JR東千葉駅ではホームの屋根が消し飛び、その影響で県内のターミナル駅である千葉駅も完全に機能停止。

ようやく電車が動き始めたのは、夕方近くになってから。

一晩経って未だに復旧の見込みが立っていない路線もあります。

 

また、千葉市の南側の市原市では、ゴルフ場のネットを支える柱が住宅に直撃。

ケガ人等は分かっていませんが、家屋は甚大な被害になっています。

 

そして県内各所で、停電も続いています。

日中に晴れ渡ったおかげで気温もぐんぐん上がる中、冷房は使えないし冷蔵庫の中身は全滅したことでしょう。

 

台風のたびに話題になる出社問題

で、本題。

台風の時になると、毎回、出社する・しないが話題になります。

上司の命令(あるいは暗に言われて)危険を冒して出社する人。

前日から近くのホテルに泊まっておいて出社する人。

駅で延々と待ち、ようやく動いた電車にぎゅうぎゅうになって出社する人。

そして、それを見て「社畜だ」「ブラックだ」「旧時代的だ」と批判する人。

 

はてなブログも含めて、そんな当たり前のことばかり書かれているのに少しうんざりしてきたので、「斜め」から見てみたいと思います。

 

社畜批判・ブラック批判は届かないし、あまり意味がない

まず、社畜批判やブラック批判は毎回されていますが、それでも特に変わっていない気がします。

ここで「社畜」と呼ばれる人たちも行きたくて行きたい訳でもないでしょう。

行きたくて行く「真の社畜」な人と出社を命令する上司にはその批判が届いていないのでしょう。

真の社畜はほっといて、そういう命令を出す上司として想定される人の多くは40歳以上でしょうか。

この辺りの年代はFacebookくらいはやっていますが、TwitterやSNSは若者に比べあまりやっていない世代。

つまりSNSで批判を繰り広げたところで大した効果はないのでしょう。

 

今回の台風における私の一日

未明から大荒れだったみたいですが、夜中の雨風については、正直なところほぼ気がつきませんでした。

窓から遠い部屋に寝室があるため、締めきってしまうとほぼ何も聞こえません。

3時頃、Twitterで調べると「雨風の音が凄くて眠れない」という書き込みが多かったのに驚きました。

 

朝4時頃、アンパンマン並みに「パトロールに行ってきまーす」とドアを開けたのですが、突風でドアがドゴンと閉められてしまい、「これは遊びに出られる状態じゃねーな、もう34歳だし」と流石に身の危険を感じました。

いつもだったら、台風の街並みを眺めに行くんですけどね。

朝8時頃には雨も止んでいたので、何か飛んでこないか警戒しながら軽快に街中を歩いていました。

ただ、電車は動いていないことは一応確認し、「駅まで行ったぞ」という証拠の写真を撮っていました。

 

その後は会社に行くのをあきらめて、家で筋トレをしたりゲームをしたりしていました。

会社には「行けたら行く」と伝言だけしておきました。

 

11時前、ゲームにも飽きたし、月曜だからいろいろチェックしたいし、ということで出社。 

いつもと違うルートで会社に着いたのは昼の12時少し前。

これでも社内では10番目くらいで、まあまあ早い方でした。

 

そして適当に仕事をして定時過ぎに帰社。

電車がまだ不安定だったので、徒歩を駆使しながらいつもの倍近くかけて最寄り駅に到着。

チェーン店含む多くの店が「台風のため休業」の中、ラーメン屋がやっていたので食べて帰宅。

 

社畜と呼ばれる人たちへの感謝

私も鬼ではありませんし、仕事は好きでもありません。

もちろん災害時は人命優先ですし、危険を冒してまでするべき仕事は少ないと思います(インフラや防災関連等は除く)。

 

ただ、社畜と批判されるような人々(同僚)のおかげで、私はゆっくり家でゲームをしていても「何かあれば彼らが電話番くらいはしてくれる」と落ち着いていられるわけです。久々に同僚に感謝しました。

これは社内的な話ですが、他にも鉄道会社の人が頑張っているから電車にも乗れました。

印刷会社の人が頑張って出社してくれたから、納期のリスケをしないで済みそうです。

小売業者の人が出社してくれているから、週末に間に合うように事務用品も発注できました。

 

これらは別に、何をおいても今日中にやるべきことでもありませんでしたし、必ず今日やってくれと頼んだわけでも、頼む気もありませんでした。

しかし現実としては、彼らが台風の中(正確には台風自体は過ぎ去ってたけど)、多少無理して出社したおかげで、私は助かったということです。

 

「台風は休みだ。出社する奴は社畜で哀れ。出社させる奴はブラックの屑」と言うのは簡単ですが、社会は綺麗ごとだけじゃ成り立ちませんからねえ。

極端な話、全員が「好きなことで生きていく」なんて言い出したら、すぐに崩壊してしまいます。

それと同じで、台風だということで社会全体が休んでしまったら、もっと大きな支障が出てしまったのではないでしょうか。

 

繰り返しですが、台風の中で出社することが偉いというわけではありませんし、そうあるべきという話ではありません。

ただ、そうした人たちのおかげで助かっている面があるのも現実で、それを社畜だと批判や嘲笑ばかりするのは良くないのでは?という、少し捻くれた示唆です。

 

台風出社問題は解決したいが、社会のレベルが足りない

私の意見も揺れてるように思われるかもしれませんが、ひとつは「台風だ!休みにしろ!それができなければブラック!」とネットで言っているだけじゃダメだってことです。

そして頑張って出社してくれている人に対して、まずは純粋に感謝したいですし、それが必要となるシーンもあるのが事実。社畜だなんだと批判ばかりするのはやめましょう。

 

理想はもちろん、台風のときに外に出ないで済むこと、けが人や被害が出ないことですが、そこまで日本社会は成熟しておらず、誰もが仕事休んで家で過ごそうなんて余裕もないでしょう。

IoT技術がテレワークや遠隔操作等を可能にしつつありますが、まだ完全ではありません。

それに災害に対して、デジタルだけではなく、人間のフィジカルな部分が必要な場面もまだまだ多く残されています。

 

綺麗ごとは言えません

こういうことを書くと怒られる、または不快に思う方もいるかもしれませんが…

他人の命と自分の都合、果たして必ずしも前者を優先できるでしょうか?

 

例えば、海外旅行に行くため空港に移動している際、「電車が新小岩駅の人身事故で止まっています。復旧のめどは立っていません」とアナウンスされた場合を想像してください。

事故に遭った人の安否よりも、「飛行機に間に合わなかったらどうする?飛び込むなら他でやれよ!」と思ってしまうことはないでしょうか?

結局、自分の都合と他人の命なんて、その場その場で天秤が揺れるものだと思います。

 

今日、夕飯を食べるところを探した際に、何軒かで「台風につき臨時休業」となっていました。

さすがにその程度で「こっちは腹が減ってるんだから、台風だろうとサービス提供しろよ」とは思いません。

が、上であげた人身事故の例で言えば、私も人命はあまり気にしないですし、むしろ批判的になるでしょうね。誰かの犠牲なんて安いものです。

 

まとめ

・台風こわい

・いのちだいじに

・出社ありがとう

・でも無理しないでね

・社会と技術での成熟で災害に立ち向かおう

・とりあえず、今日は午前中ほぼ遊んでられて良かったです

 

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