つらみ、分かりみ(〇〇み)という言葉を頻発する人とは友達にはなれない。
「隣の芝生は青い」という言葉があります。
意味は、「他人の物は良く見える」というものです。
向かいの人が頼んだケーキの方が美味しそうに見えたり、友達の彼女の方がよく見えたり?
ただ、私の場合、そういうことがほとんどないというのが良かったなあと思います。
あ、ケーキ美味そうレベルの事はあるかな。
一人暮らしの長い人が「隣の芝生は青い」を実感するのが、家族の有無だと思います。
特に結婚願望が強いと、相手がいるというだけで羨ましがりがち。
確かにこれまでも、食中毒や交通事故、書留の受取等々、一人暮らしで困ったことはいくらでもあります。
また、人恋しさがゼロかというと、完全な無の境地まではまだ至っていません。
とはいえ、ワイフがいたり、子どもがいたりすることを強く羨ましがったり、更には妬んだりすることも全くありません。
むしろ、今さらになって家庭を作ることやそれを維持するコスト(お金だけじゃないです)と、ゼロに近い人恋しさを埋めたり火災報知器の点検の時に代わりを頼めたりというどうでもいいメリットを比較すれば、コストの方が遥かに大きくなってしまいます。
なので、部分的にうらやむシーンがゼロではありませんが、絶対に自分は一人の方が幸福という確信があると、全く気にならなくなります。
病める時は誰かいたら助かりますが、健やかなる時は一人の方が自由にできますし。
夫婦生活を維持するには、それぞれ大変なこともあるでしょうしね。
逆に言えば、それを乗り越えてでも獲得したいメリットがあるのでしょうし、それが失われたから離婚率が3分の1くらいなんでしょう。
分かりやすく家庭という例を出しましたが、あまり他人と価値観を共有していないと、そもそも羨むことがなくなるというメリットがあります。
古くは、一般的な好き嫌いはあっても、恋愛的な好き嫌いはほぼゼロなので、(多少)好きな子と誰が付き合おうと妬むこともありませんでした。
名誉欲と出世欲がないので、誰が出世しようと羨むことはありません(経営として、あいつは不味いだろと思うことはありますが)。
正しい努力かは別として、何らかの努力か幸運の結果なんでしょうし、それを維持するのも大変でしょうし。
隣の芝生が青いのも、肥料じゃぶじゃぶ投与して病気がちかもしれませんし、青いペンキで無理やり青く見せているのかもしれません。
SNS何かは、そういう人も多そうですね。
というわけで、自分の芝生を根元から青くしていきたいと思います。