G-log 日々思うこと

GOです。旅・ゲーム・その他なんでも。雑記ブログなので、散らかしています。仲良くしてね。お問い合わせはTwitterかコメントで。

【皆勤賞】サボる方が面倒に感じることもある

高校の3年間、ほぼ友達もいませんでしたが、皆勤賞をもらいました。

つまり無遅刻・無欠席・無早退で、授業に100%出席したということです。

 

f:id:GK_GK21:20210525185632p:plain

 

高校の頃、というか中学の後半から相当量の筋トレをやっておりました。

バキの話 | SugarSpot

 

そのおかげで、中1~中2くらいは年に数回、学校を休んでいたと思いますが、中3以降はほとんど体調を崩すことがなくなりました。

(オスグッドシュラッター病に罹ったので、ヒザは壊れがちでしたが)

 

そんなわけで、冒頭に書いた通り、高校3年間は皆勤賞でした。

ただこれは単に健康だったからだけではなく、「休むのが面倒だったから」です。

学校を休もうとすると、学校に電話したり、病院に行ったり、場合によっては宿題やノートを借りたり、テストの日なら追試になったり…

もうそんな全てが面倒くさくて仕方ありません。

学校に親しい友達なんてほとんどいなかったので、楽しくて行っていたことは全く無く、ただただ「サボるのが面倒」という理由で行き続けた結果の皆勤賞です。

皆勤賞を取った人は卒業式で表彰されるのですが、「あの人、存在感なかったけど毎日居たってこと?」みたいな感じで奇異の目で見られたことでしょう。

 

本題です。

前にも同じようなことは書いていると思いますが…

面倒くさがりを突き詰めていくと、「ちゃんとサボるためのひと手間」を考えるようになります。

ひと手間の面倒なことをやることで、ふた手間分くらい省けるのであれば、それはやるべきこと。

高校の頃の私にとってはそれが「毎日学校に行くこと」でした。

逆に「学校を休む」と「それ以外の手間」を天秤にかけたときに、休むほうがいいならもちろん休んでいいと思います。

ただ、その価値観だけで判断すると、大人になって義務や責任が被さってきたときに、本当の困難に直面することになりますけどね。

 

なんて言いながらも、大人になるとサボり方も上手くなりますし、そんなに成長したいとも思わないので(ゼロではないですが)、ひと手間すら惜しんで逃げることもたまーにあります。

それで誰にも迷惑をかけないのであれば、別にいいかなとも思います。

 

そんなわけで私のオリジナル座右の銘は「手を抜くことに手を抜かない」です。

私が有名になったら、「人間だもの」のような個人美術館を開きたいと思います(遺作でもいいです)。

www.gk-gk21.com

 

 

ちなみに大学は高校以上に友達がいなかったので、授業を欠席したのは就活以外では恐らくゼロです。

ノートを借りることなど不可能ですからね。

そんなコミュニケーション能力の絶望的な私でも就職はできましたし、今でも客観的にはそれなりに仕事ができているので、「コミュ障」とか言って逃げるのは良くないですね。

www.gk-gk21.com

 

ただ、学校で友達は作った方がいいと思います。本当に。

 

 

ついでにもう1つ、皆勤賞について。

何か最近は「皆勤賞を受賞することが悪(無理して登校させるとか、休むことが悪いという意識を植え付けるとか)」という風潮もあるみたいですね。

休むことの大事さと、休まずに通い続けた体力・精神力を褒めることはまた別だと思いますけどね。

足が遅いのは悪ではないけど、足が速いのはすごい、と同じようなことだと思います。

まあ私のような不純な動機の人は、褒めなくてもいいですが。

〝こんな記事もあります〞