音楽の話題をすることはあまりありませんが、THEYELLOWMONKEY と吉井和哉は例外です。
前者はまた休養に入ってしまったのですが。
(画像は公式サイトより)
まずは曲調ですが、前回の曲「みらいのうた」は穏やかなバラードでしたが、今回はダークなロックです。
ギターサウンドが怪しい感じで、歌詞もそれを裏付ける内容になっています。
そんな歌詞ですが、こんな感じです。
失ったあの日から 運命の内側に
小さな棘が刺さっている そして今日も生きている
自分試しの恋に 僕は明け暮れた
強まるゲリラ豪雨の中で走ってた これじゃない
明日になってわかるような 答えなんてどうでもいいさ
愛なら それが愛なら くれよくれよ 当たるまで
〇か×かで 決めてばっかり
やりたいことをやり過ぎて
△だらけの人生
あれは本気 これも本気 飛び込む先は 泥でした
長いところを伸ばしなよと言うけれど
短いところを長くすればいいのになと 思わない?
飼い慣らされたケモノなら どこでだってやってけるさ
いいなら それでいいなら
食えよ食えよ 餌をくれ 牙がポッキリ
誰かのマネで増えただけの〇なんか
いつかは巨大な×の中でひしめいた ビー玉
誰もがそれを正しいって 言えるような答えはないさ
勇気が それがないなら
消えろ消えろ あの世まで
あなたがそれを美しいって言えるなら それでいいさ
さいなら それじゃさいなら
夢よ夢よ 果てるまで
〇か×かで 決めてばっかり
捨てちまったら 全部すっきり
タイトルからは〇か×かはっきりしろ!のような歌かなあと思ってましたが、どうも違いました。
〇と×で判断していいのか、判断できるのか、そして選択できるのか…
誰かの〇は誰かの×になり、誰かの〇は自分に×かもしれない。
誰かに言われた〇に囚われると、自分の中の×に囚われた存在になってしまう。
そしていつか牙が折れて、△=及第点を選ぶばかりになってしまう。
特に下の歌詞。
勇気が それがないなら
消えろ消えろ あの世まで
直球で言えば「ならば死ね」くらいの勢いですが、それも選択肢の一つだなと常日頃思っている私(自殺願望があるわけではなく)としては、ここまではっきり言えるのはいいなあと感じました。
ただ最後の最後、
〇か×かで 決めてばっかり
捨てちまったら 全部すっきり
という所で、捨てきれずに悶々と苦悩しながら生きていかなければなあという感じがしました。
デジタルではないので、〇か×かで簡単に判断できることばかりではないですしね。
逆に言えば、〇か×かで判断できるのはデジタルの世界だけで、人間同士には割り切れることはないのかもしれません。
いわゆる「犯罪」も大多数の人は「×」を付けますが、ごく少数には「法がおかしい」という人もいるでしょうし。
判断というのは難しいですが、自分の信念は持ちたいものです。
シンプルなテーマですが、だからこそ普遍的ですね。
餌をくれ。