「親譲りの無鉄砲で、子どもの頃から損ばかりしている。」
こんな書き出しを今でも覚えています。
どうでもいいですが、今回読んだのは新潮文庫版です。
あらすじ
東京で生まれた主人公は、冒頭の書き出し通り無鉄砲で向こう見ずな性格。
ちょっと煽られると江戸っ子気質で乗ってしまい、けがをすることもしばしば。
父や兄、そして周囲から煙たがれることも多かったが、下女である清という老婆だけは常に主人公の味方で、敬い、いつか大成すると言っていた。
大人になった主人公は、松山の中学校で数学の教師の働き口を見つける。
清を東京に置いて、単身四国に旅立つ主人公。
校長=狸、教頭=赤シャツらの嫌がらせ、生徒との確執、同僚の山嵐とのいさかい、敬意を持っていたうらなり君の退職など様々な問題も起こしながらも、自分なりの筋と正義を通していく話。
感想
最後に読んだのは恐らく25年くらい前のこと。
それでも書き出しは覚えていましたし、松山の中学校で何かあった話というのは覚えていましたが、細かいストーリーや人物をよく覚えていませんでした。
主人公は、とにかく自分の信念を貫き通す人で、それは子供のころでも大人になっても一貫しています。
中学校でも、損得勘定よりも感情や自分自身の正義感を優先し、我慢ならないことははっきりと言い、行動力も高い青年です。
一方で、自分も大人になって読むと、確かに粗忽な乱暴者という評価は納得です。
東京出身であることを歯牙にかけ、松山は全体的に田舎者の集まりだと見下しており、うらなり君が赴任する宮崎(日向)は更にその下に位置付けています。
しかし、そのうらなり君(本名は古賀氏)が赤シャツによる三角関係に基づいた左遷だということを知って、彼の正義感は燃え上がりました。
山嵐とも和解して、赤シャツと取り巻きの野だをこらしめるための行動を共にしました。
そんな熱血漢であり、法で裁けない者をギリギリの範囲で(実際には今の法律なら完全にアウトですが)こらしめるという存在が、坊っちゃんが今でも語り継がれる所以なのでしょう。
逆に今の時代は「悪名は無名に勝る」がより際立っているように感じますので、坊っちゃん式の成敗はこれから必要になってくるのではないでしょうか(暴力は駄目ですけどね)。
父親からの勧め
さて、この「坊っちゃん」ですが、私が小学生の頃に父親から勧められた数少ない本です。
なぜ勧めたのかは今になっても分かりませんが、彼自身も教員だったので何か通じるものがあったのか、「夏目漱石くらい読め」ということでそれほど長くないこの本を勧めたのか。
理由はよくわかりませんが、そんな思い出もあって久々に手に取ってみたのです。
青空文庫など、無料公開されているものも多いのですが、文庫で読みたかったので。
今思い出してみると…他に勧められたのは、
「ファーブル昆虫記」と「車輪の下(ヘルマン・ヘッセ)」くらいなものでした。
「車輪の下」は全く内容を覚えていないので、こちらも読み直してもいいかなあ。
調べると、坊っちゃんも車輪の下も自伝的小説だそうで、ファーブル昆虫記もある意味自伝とすれば、その辺に共通項があるのだろうか?
小学生くらいの子に本を勧めるって、今考えると難しいですね。
松山市の思い出
このブログを書き始めたころに、松山に行った記録がありました。
ブログの書き方も、何となく今と違いますね。
向こうは「坊っちゃん列車」とか「坊っちゃん団子」とかあるんですよね。
道後温泉の湯舟の深さがイマイチなのと、やくざ多過ぎで個人的にはいまいちでした。
ただ道後温泉全体の雰囲気は好きですし、5年前より少し年を取ったので、再訪すれば印象が変わるかもしれません。
なべ焼きうどん。
読み返して思い出しましたが、つゆが甘いんですよね。
それがまた美味かったなあ。
松山はLCCでかなり安く行けるし、瀬戸内国際芸術祭にも行きたいので、また行こうかなあ。