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【読書感想】「日本のシンドラー 杉原千畝の半生」隠れていた偉人。

「日本のシンドラー 杉原千畝の半生 ~ナチスからユダヤ人を6000人救った男~」 みのごさく 

 

「千畝」は「ちうね」と読みます。最初は読めませんでした。

 タイトルでほぼネタバレですが、簡単に感想などを。

 

 

 

杉原千畝についての本

まあ当たり前ですが、杉原千畝に関することが書かれた本です。

ざっと書かれた本ですが、更にざっとまとめると。

 

1900年、岐阜県に生まれる。

小学校時代から頭がよく、成績はオール5を取る。特に英語が得意。

得意の語学を活かし、ロシア語も勉強。日露教会学校に入学。

卒業後、24歳で外務省に入り、ロシア人女性と結婚。

満州国でソ連との満州鉄道の譲受交渉に当たり、交渉力にロシアも慄いた。

35歳でロシア人女性とは離婚。満州国外交部も辞め、日本に帰った。

 

その後は一時帰国するも、すぐに外務省から欧州へと転勤を命じられる。

ロシア語に長け、ソ連情勢にも詳しい千畝は、諜報活動に活躍した。

また同じく35歳のときに、日本人女性と再婚している。

 

以降、ヨーロッパのリトアニアにて領事館を開設し、領事(正確には代理)として活動。

ここではナチスドイツを中心にヨーロッパの戦線を監視する任務があった。

そこへ迫害から亡命を臨む大勢のユダヤ人たちが杉原千畝の元に訪れた。

彼らの願いはひとつで、ナチスから逃れるために、日本行きのビザを発給してほしいこと。

 

日本からの命令では、裕福で利用できるユダヤ人以外は拒否。

しかし杉原千畝は命令を無視し、延べ6,000人のユダヤ人にビザを発給して、ナチスから逃がした。

日本に戻った後、この件の責任を問われ、杉原千畝は職を辞すことになった。

 

以降、表ざたになることはなかったが、約30年後に助けたユダヤ人の一人が、杉原千畝を日本に探しに来たことでこの件が公のものとなった。

2000年には外交史料館に「勇気ある人道的行為を行った外交官杉原千畝氏を讃えて」というプレートが掲げられ、名誉が回復した。

ただし、本人は1986年に逝去している。

 

杉原千畝という英雄

リトアニアには、「杉原通り」という道まであり、記念碑も建っているそうです。

当時の軍国主義の日本において、人道的とはいえ国の命令に背いてビザ発給をするというのは、相当な覚悟があったことでしょう。

ナチスの残酷さというのは歴史に疎い私でも聞くところでありますが、そこから救った杉原千畝が、ユダヤ系の一部ではある種の英雄とされるのも素晴らしい話です。

こういう人を、ぜひ教科書等でも取り上げると、歴史の授業も少し面白くなるのではないでしょうか。(私の頃はなかったけど、今は載ってるのか?)

 

本としては非常に短い

恐らくドラマティックにビザ発給のシーンを描くこともできるのでしょうが、本書は極めて淡々と描かれています。

そもそも本全体の文章量が少なく、30分ほどで全部読めてしまいました。

杉原千畝の名前と「よく分からないけどビザ発給した偉い人」程度の認識しかなかった私には、サクッと読めて概要が知れたので、却って短くて良かったです。

 

おまけ

「杉原千畝」を変換しようとしたら、「すぎはら」と入力した時点で「杉原杏璃」という人が先に予測変換(Windows10のデフォルトのソフト=IME変換?)に出てきました。

誰かしらと思って調べてみたら、元グラビアアイドル(現:株アイドル?)でした。

どっちを先に予測変換に出すかって、結構大事ですよね。

 

※こっちの方がアクセスがあるかと思って、杉原千畝氏には大変申し訳ないのですが、サムネ画像をこちらにしました。

 

そして、苗字だけで予測変換が出る個人ってそれほどいないことに気が付きました。

例えば「さとう」だけでは個人名は全く候補に挙がってきません。

「さとうえ」まで入力すると、最初に「佐藤江梨子」と出てきます。

同じように、「たなかあ」まで入力すると「田中敦子」と出てきます。

「とくがわ」では「徳川吉宗」がなぜか人名では最上位。

少し珍しい「杉原」などは、「すぎはら」の時点で予測変換が出てきます。

 

だから何だと言われても、おまけで書いているだけだから。

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