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【読書感想】「熱源」。自分を動かす熱源は何か?(2019年直木賞&2020年本屋大賞5位受賞)

「熱源」 川越宗一 著

 

19世紀末~20世紀の北海道を中心に描いた作品。

最近、アイヌに関する本をよく読んでいますが、今回は小説です。

 

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ですが、アイヌ民族に関する本というよりも、もっと広い人間の本といった感じです。

ページ数は426ページ、読むのにだいたい5~6時間くらいかかりましたね。 

 

 

「熱源」のあらすじ

樺太に生まれ、北海道の対雁(ついしかり)に暮らすアイヌのヤヨマネクフを中心に、1900年前後のアイヌ、和人(日本人)、ロシア人などの様々な民族の入り組んだ樺太~北海道が舞台の中心。

 

時代は、20世紀となった1900年。

その頃の日本は、日清戦争に勝利し、続く日露戦争に挑んで西洋列強に追いつけ追い越せという時代。

ロシアは、アジアへの牽制として樺太・北海道での警戒を強めていた。

そしてそこに暮らすアイヌは、日本・ロシア両面の外圧によって「文明」が持ち込まれ、その文化を失いつつあった。

アイヌだけではなく、オロッコやギリヤークといった多民族が暮らす樺太で、彼らに何が起こり、何が彼らを動かしたのか。

 

もう一人の主人公と言えるのが、ポーランド出身のブロニスワフ。

ポーランドがロシアに併合されたことで、ポーランド語が禁止され、彼らのアイデンティティもまた失われていた。

そのブロニスワフは、ポーランドの独立を夢見ながらも時代に流され、学者として樺太に居を構えた。

そこへ、ポーランド独立運動を率いる弟のヨゼフが現れる。

かつてブロニスワフは、独立運動で逮捕、流刑にあったが、今では妻子もある身。

彼は故郷と樺太、どちらの熱源に動かされるのか。

 

「私たちは滅びゆく民と言われることがあります」

「けれど、決して滅びません。未来がどうなるかは誰にも分かりませんが、この録音を聞いてくれたあなたの生きている時代のどこかで、私たちの子孫は変わらず、あるいは変わりながらも、きっと生きています」

 (本書より)

 

「熱源」のテーマ

熱源のテーマは、タイトル通りの「熱源」。

言い換えれば、自分を奮い立たせる、情熱の源です。

アイヌの人々は、日本人やロシア人からは、「未開で野蛮な民族」とされ、住む場所を追われ、「文明化」の名の元、文化も奪われようとしていました。

 

ヤヨマネクフはそうした時代の中、自分達に必要なものは何なのか?を常に考えていた人でした。

ロシアと日本の対立で故郷の樺太から出て北海道に移り、コレラで家族を失い、アイヌを守るために学校を建設したが戦争に阻まれる。

全ての行動は「アイヌの為に」であり、弱肉強食の20世紀を生き抜くためだったのでしょう。

最後まで、彼はアイヌのために、誇りのために、危険を冒しながらも生き抜いていきました。

 

しかし「アイヌの為に」は「アイヌ民族」の為だけではなく、もっと広い意味でした。

ヤヨマネクフは「アイヌって言葉は(アイヌ語で)、人って意味なんですよ」と語っていました。

民族や文化・肌の色に関わらず、人は最終的に、いや最初から人でしかない。

アイヌだろうと和人だろうと、生きることそのものに誇りを持つことが自然の摂理であってほしい。

そんなようなお話でした。

 

熱源の感想まとめ

登場人物がヤヨマネクフ、シシラトカ、キサラスイ、ブロニスワフ、などアイヌ&ロシアで、名前が覚えにくい。

いつもは褒めつつ悪い点も書くのが私の読書感想ですが、それ以外には特に欠点はありません。

読んでいて、けっこうスッと登場人物の気持ちが入ってきやすかったですし、情景も浮かびました。

 

アイヌという少数民族であること、和人やロシアの外圧に晒されていること、文化を失いつつあること、文化を遺すこと…

そして何より「自分は何を求めて生きるのか」を問う話となっています。

いろんなことを考えるきっかけになりますが、これは読まねば分からないかもしれません。

 

アイヌ=人という意味であるというのはなるほどなあと思いました。

なので、アイヌ=アイヌ民族だけではなく、人種や民族や国籍に関係なく、ただ人間の生き方そのものがテーマの小説なのかなと感じました。

 

おまけ:二葉亭四迷

フィクション小説ではありますが、史実が元になっている部分もあり、実在の人物も登場します。

大隈重信や金田一京助などがそうです(他にもいるのかもしれませんが、私が知らないだけかも)。

その中に、「二葉亭四迷(ふたばていしめい)」という小説家がいます。

日本史で習った気がしますが、「浮雲」というタイトルしか知らず、読んだこともありませんが、名前にインパクトがあるので覚えていました。

 

この人が自分の小説を卑下して、「くたばってしまえ」と自身に吐いたのが「ふたばていしめい」の名の由来というのは本書で知ったのですが、どうやら史実のようです。

くたばってしまえ

くたばってしめえ

くたばてしめえ

ふたばてしめえ

二葉亭四迷

 

まあ分からんでもないか。

 

私の「熱源」は?

私の「熱源」、自らを燃やす源ですが、あまりピンときません。

故郷は今でも近いところに暮らしていますし、それほど誇りを持っていません。

日本人であることには満足していますが、そこにプライドがあるかといわれると弱いです。

「熱しにくく冷めやすい」のが売りの私は、あまり心から湧き上がる熱を感じたことがありません。

生命の危機もそんなになかったしなあ。

何か熱源が見つかればいいなあとも思いますが、燃えることはエネルギーを使うので、このままでもいいかもしれません。 

と、こんな良い本を読んだ人とは思えない終わり方。

 

 

 

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