「残像に口紅を」 筒井康隆 著
恥ずかしながら、この作品を全く知りませんでした。
帯に書かれている「究極の実験小説」は正しいのですが、「最高に切ない恋愛小説」ではないと思いました。
概要
この小説は本当に独特でした。
小説内小説、とでもいうのでしょうか。
本書内の言葉を借りれば、虚構という言葉が使われています。
主人公は佐治勝夫という小説家です。
彼が友人である津田得治から、小説の新テーマを話し合います。
それは、世界から言葉が消えていくという内容の小説。
メタ的に言えば、この本の冒頭からすでに「あ」は使われていません。
そして、それ以降、「ぱ」「せ」「ぬ」「ふ」…といった風に、徐々に言葉が消えていきます。
それに伴い、本書にはその文字が使われずにストーリーが進んでいきます。
また、小説内でもその文字が含まれる人やモノは消えていきます。
世界から「く」が消えると、佐治の妻の「粂子(くめこ)」は消えてしまい、認識することができなくなります。
更に面白く、かつ複雑なことに、彼らはメタ視点も持っています。
自分達の書く小説テーマについて話していたはずが、「文字が消える小説の世界の登場人物」としての自己認識を持っています。
たぶん文章にしても伝わらないのですが、何とも不思議な、入れ子状態のような多重構造です。
なので、主人公も「自分に娘がいたはずだが、その名前に含まれた文字が消えたのだろう」というような認識を持っていますし、それに情感が働くこともなく、淡々と消えたことを受け入れています。
また「ここは小説上カットしてもいいだろう」と言い出すなど、虚構と現実の狭間を行ったり来たりしています。
感想
これこそ本当に、文章のプロと言う凄さを感じました。
一文字ずつ消えていくという発想もさることながら、20文字くらい消えても意味の通る文章って書けるんですね。
特に使ってそうな文字が消えたときに「これで大丈夫?」と懸念されますが、それでもよどみなく文章が続いていくのは流石だと思いました。
「ぱぴぷぺぽ」なんかはごそっと消えても何とかなりそうですが、「え」や「す」なども
ただ、後半になるにつれかなり厳しく、文章は端的で体言止めなども増加し、意味が通りづらい部分もなくはないです。
最後の10~15文字くらいになってくると、もう訳が分からなくなってきます。
私も自分で試していないのでどのくらい難しいのか、何とも言えませんが…
例えばこの記事のここまでは「あ」をキーワード以外(「あ」と「恋愛小説」は例外)では使わないようにして見ました。
「ありません」とか「間(あいだ)」「具合」「〇〇辺り」「不安(ふあん)」といった言葉をついつい打ってしまうことがありましたが、これくらいなら言い換え等で対応できますね。
なお、あとがき(あ、を使います)によると、さすがにミスが何か所かあったようです。
純粋にストーリーが面白いかと言われると、正直そのようには感じませんでした。
最初の内は『次は「〇」という文字が消えたので「〇XXも消えてしまったぞ」』ばかりで(それすらもネタなんですが)、
また津田からの指示で「次は濡れ場を」なんて形で濡れ場が限られた文字で描かれるなど、メタ視点を楽しめればいいのですが、入れ子構造に疲れてくる感じもしました。
ただ、文字が消えた中で文章を成立させて…というところに感服したので、トータルでは大変興味深く読み進めました。
幽遊白書
たぶん同世代なら、幽遊白書の海藤優の能力「禁句(タブー)」を思い浮かべるでしょう。
彼のテリトリー(10m以内)では、一切の暴力行為は禁止であり、かつ海藤が定めた言葉のルールに従わなければ魂を取られるというもの。
最初は「あつい」という言葉を発したら負け。
次は「あ」「い」「う」…と五十音が1個ずつ消えていく中で、消えた言葉を発したら負け。
バトルマンガしてはかなり異色な能力の持ち主で強敵でもありましたが、ここから来ていたんですね。
おまけ:帯について
冒頭に帯の宣伝文句について書きましたが、恋愛小説とは全く感じませんでした。
妻も消えてしまいましたが、主人公も虚構の中の世界の出来事とメタ認識をしていて、比較的淡々と消えました。
それにしても「TikTokで超話題!」と書かれると、私は逆に「これは地雷か」と思ってしまうのですが、古くからある作品&著名な筒井康隆氏の作品ということで、一歩踏み出してみました。
ちなみにTikTokは全く見ておりません。
結果としては読んでみて良かったのですが、だいたいこういう宣伝のはハズレなんですよね。
ハズレが言い過ぎとすると、若者向けで私には向いてないことがほとんど。