いわゆる歴博に行ってきました。
歴博でやっていた「陰陽師とは何者か」。
この間プレイしていたパラノマサイト(このフリが多くてすみません)で、陰陽道が出てきたこともあり、そして仕事で佐倉市に行くこともあり、仕事終わりに見てきました。
なお、展示は全て撮影不可で、撮れたのは↓のみです。
撮影できない=情報が持ち帰れないため、その場でスマホにメモったことを箇条書きで並べていきます。
間違っていたらすみません。
- 平安時代、七世紀後半から陰陽尞という組織ができた。これが陰陽師の初登場
- 平安京は碁盤の目なので方位がわかりやすく、活躍しやすかったらしい
- 式占(占い)は軍事にも活躍、平安遷都などにも使われた
- 鎌倉時代には幕府にも陰陽師がいて、武家にも迎合された
- 近世になると、本所支配を土御門家が実施
- 安倍晴明の子孫が土御門家、江戸時代には陰陽師をとりまとめる
- 安倍晴明は天文道を究め、ヤマト政権時代から続く由緒ある家系
- 賀茂家は歴道を究め、修験道の開祖の役小角(えんのおづぬ)が有名
- 安倍晴明は921〜1005年の人。結構長生き
- 昔話では人と狐の間に生まれたので異能力者だった、とも言われる
- 玉藻前があやしいのでみやぶって討伐した。ただ殺生石にしたのは別の人
- 土御門の拠点は京都
- 陰陽師の仕事は主に4種。①暦(暦による吉凶など)、②占い(病気の原因なども含む)、③祭祀、④陰陽道祭(泰山府君など)
- その他、まじない、呪符、守り札、呪文を使った
- 仏教とは異なるが坊さんの中にも陰陽道を学ぶ人がいた
- 宇佐神宮では12世紀~19世紀まで陰陽師が活動していた形跡がある
- 明治3年の天社神道廃止令(テンシャシンドウハイシ)で土御門家が表舞台からいなくなる
だいたいこんな感じでしょうか。
基本的には文章による説明と、古文書しか置かれていない、地味と言えば地味な展示です。
ただ、陰陽師について知る機会もなかったので、非常に薄いですが知識を得られたのは良かったです。
陰陽師とは何者か?はいまいちわかりませんが、古代日本では占いや天文学がより政治的な意味合いを持っていて、その中で陰陽師は活躍していったということのようです。
ただ、有名なのはやはり安倍晴明で、その他の人はほとんど名前も出てきませんし、出てきた人も知らない人ばかりでした。
仏教もキリスト教も政治に影響は大きいですし、宗教は思想統一には有効であり、統一国家を作ることを考えれば共通の価値観が持てる効率的なものだったのでしょう。
陰陽道が宗教に属するものか、どうなんでしょうね?
今回はグッズ等は買わず。
キャラクターのセイメイ君ではなく、もっとリアルなお札とかあれば買ったんですけどね。